大正イマジュリィの世界 デザインとイラストレーションの青春 1900s-1930s

大正イマジュリィの世界 デザインとイラストレーションの青春 1900s-1930s

新宿駅から徒歩7分ほど、損保ジャパンの本社ビルに隣接するSOMPO美術館にて、現在『大正イマジュリィの世界 デザインとイラストレーションの青春 1900s-1930s』という展覧会が行われています(会期 2025.7.12sat-8.31sun)。

7/25(金)に行われた中島啓子さん(同館上席学芸員)によるギャラリートークに伺い、その魅力を聞いてきました。

 

 〇「大正イマジュリィ」とは そもそも「大正イマジュリィ」とはなんなのか。

この言葉は大正時代を中心とした20世紀初頭に数多く生み出された、大衆的な図像の総称です。現在の日本の視覚文化にもつながり、デザインやイラストレーション(ひいてはアニメや漫画、ポスターなど)の源流をなす、多種多彩な「複製図像(イメージ)」たち。印刷技術が革新的な変革を迎えた当時、人々の生活に溶け込み彩りを与えたデザインの数々が展示されていました。

(撮影可能な作品の一部)

 

 

〇第Ⅰ部 新しい芸術と抒情

入口ゲートの先のエレベーターに乗ると着いたのは5F。

ここから一階ずつ下るにつれ、展示の内容は時代とともに変化していきます。

第一部は「新しい芸術と抒情」。藤島武二や杉浦非水、竹久夢二など、大正イマジュリィの作家たちの作品が展示されています。会場の入り口を抜けると目に入るのは、大きく壁にプリントされたミュシャの『ジスモンダ』という作品。当時、印刷技術の発達とともに写真の技術が流入し、その影響で写実的な表現が好まれていました。ミュシャはアール・ヌーヴォー作家としてフランスで活躍し、その写実的な表現は藤島武二ら大正イマジュリィの作家に影響を与えたのです。 ギャラリートークにはたくさんのお客さんが詰めかけ、大変な人気でした。開始前は広々とした通路も、ギャラリートークが始まると景色はさながら小学生時代に行事で行われた美術館巡りそのもの。老夫婦から高校生くらいの人まで、年齢の壁を超え人が集まり、みんな作品を眺めながらゆったりとお話を聞いていました。

 与謝野晶子の詩集の表紙(藤島武二)や、『みつこしタイムズ』の通販カタログの挿絵(杉浦非水)、夏目漱石の『吾輩は猫である』の表紙(橋口五葉)、雑誌『婦人グラフ』の表紙(竹久夢二)など、印象的な作品が数多く展示されていました。 

 

 〇第Ⅱ部 さまざまな意匠

下って4Fに来ると、坂本繫二郎をはじめとした、生命の躍動を表現した植物の絵が並びます。花や葉、樹木などの植物紋様に、芸術家の内面の世界が表現されています。

第Ⅱ 部では、この内面の世界の表現が主要なテーマと言えそうです。 当時、絵画や文学、演劇などあらゆるジャンルで「エラン・ヴィタル(生命の躍動)」の概念が青年層に受け入れられていました。「エラン・ヴィタル」とは、フランスの哲学者ベルクソンが唱えた概念で、「生命は内側から創造的に進化する」という生命の飛躍を唱っています。この概念は個人の感性に基づいた創作を促し、出版文化・デザインの多様化を生み出しました。 植物のデザインのほかにも、未来への可能性が開かれた子供のイマジュリィ、可憐でどこか悲哀をまとった乙女のイマジュリィ、妖艶で幻想的な怪奇美のイマジュリィなど、多種多彩な展示が見られました。

 

 〇第Ⅲ部 流行と大衆の時代

 さらに下って3F、展示の最後を飾るのは、昭和初期に見られるイマジュリィです。この頃からレコードや映画、ファッションなどの大衆文化が台頭してきます。なかでも注目すべきは、竹久夢二の表紙が有名な『婦人グラフ』でしょう。大正期を象徴するこの雑誌は、ファッションの他にも手芸や調理のレシピ、部屋の整理術など生活におけるさまざまな知識・教養を伝える総合的なライフスタイル雑誌でした。モダンボーイ・モダンガールが街を闊歩したり、普通選挙法による教養へのまなざしができたことで、人々の精神文化が大きく変容していったのです。 展示では、芸術が大衆化したことを如実に表す、シンプルかつ直線的で強い原色の色彩を帯びた作品が多数見られました。またこのSOMPO美術館にゆかりのある東郷青児の作品が、展示の最後の通路に所せましと並んでいました。

 

〇最後に

展覧会を通して作品を眺めながら、現代に生きる自分が目の前のデザインたちに斬新さを感じるのは不思議だと思いました。数えれば100年ほどの隔たりのある作品たちには、現代の日常では発見できない気づきがたくさんありました。時を超え様々な縁で目の前に並ぶ作品たち。ハイカラな雰囲気の裏に潜み、色あせた鮮やかさの奥でひっそりと佇む素朴さを、今回の展示の作品から感じました。 本展覧会のテーマは「出版」。大正時代は印刷技術の革新の時代です。本展はその発展の歴史を鮮やかに彩ったデザインと共に体感することができます。

現代のデジタル印刷では表現され得なかった人間味のある手触りは、私たちに新鮮な驚きと発見を与えてくれること間違いなしです。

 

書き手:宮本尚和