大正イマジュリィ――現代デザインの源流
「大正イマジュリィ」とは、今から約100年前の大正時代(1912〜1926年)を中心に、明治後期から昭和初期にかけて人々の暮らしを彩った書籍装幀、雑誌、絵はがき、ポスターなどの印刷図像を指す言葉だ。フランス語で図像やイメージを意味する「イマジュリィ(Imagerie)」に由来している。
この時代は、印刷技術の飛躍的な進歩や洋式製本の普及、そして商業美術の発展を背景に、日本のグラフィックデザインが初めて豊かに花開いた百花繚乱の時期であった。
百貨店や劇場の誕生、音楽や映画といった大衆娯楽の広がりによって、デザインは人々の日常生活へと深く浸透していった。
現代のデザインやイラストレーションの原点ともいえるこれらの印刷物には、当時の著者たちの凄まじい生命力が宿っている。
この爛漫と輝いた大衆文化の時代には、多才な表現者たちが関わった。グラフィックデザインの先駆者である杉浦非水や、抒情的な女性像「夢二式」で圧倒的な人気を誇った竹久夢二などは、その象徴的な存在だ。
しかし時代の変化とともに、世の中は戦争の色彩を濃くしていき、1931年の満州事変以降の戦時体制への突入とともに、情報・出版統制の強化を受け、終焉へと向かっていく。
ここで、大正イマジュリィを代表する作家を紹介したい。
杉浦非水 日本のグラフィックデザインの先駆者
杉浦非水(1876-1965)は、明治から昭和にかけて活躍した図案家であり、日本のグラフィックデザインの先駆的存在である。
彼が本格的に図案家の道を志す端緒となったのは、1901年(明治34年)、洋画家・黒田清輝のフランス帰国であった。
黒田が持ち帰ったアール・ヌーヴォー様式の複製品や書籍、写真を鑑賞し、貪るように模写した経験が、非水を大いなる転身へと方向付けることとなる。
非水の創作の根幹をなすのは、透徹した「写生」の精神である。
自然の草花や動物を観察する過程において、彼にとっての写生とは、単なる外形の模写にとどまらない。
それはモチーフの本質を鋭く把握し、一つのまとまりある形へと再構成する、近代的なデザイン意識の醸成を促す行為であった。

1908(明治41)年、非水は三越(当時・三越呉服店)に入社する。ここから彼の快進撃が始まる。
都会的でモダン、かつ親しみやすさを湛えたその表現は、当時の大衆を瞬く間に惹きつけた。
1934(昭和9)年の退社まで、ポスターや広報誌『みつこしタイムス』『三越』などのデザインを一手に引き受け、「三越の非水か、非水の三越か」とまで称されるほどの黄金時代を築き上げた。
また、ラクトー株式会社(現・カルピス株式会社)の顧問を務めるなど、日本の商業美術のトップランナーとして辣腕を振るっていく。
驚くべきは、彼が実際にヨーロッパへ留学したのは、これらの輝かしいキャリアを国内で完全に築き上げた後、1922〜1924(大正11〜13)年、46歳の時のことである点だ。
本場ヨーロッパの空気を吸う前から、日々の「写生」を通じてデザインの本質を自力で鋭く掴み取っていた事実からも、彼の卓越した眼と天才性が伺える。
デザインという概念が未分化であった時代から独自の道を切り拓いた杉浦非水は、まさに日本のグラフィックデザインの父と呼ぶべき人物である。
その洗練された造形美は、時代を経てもなお、私たちに新鮮な驚きを与え続けている。

竹久夢二 大正ロマンを彩った抒情と前衛の絵師
竹久夢二(1884-1934)は、児童雑誌の挿絵や口絵を数多く手がけ、大正ロマンの抒情を一身に体現した画家である。
1914年には日本橋に、自らデザインした千代紙や絵封筒、便箋などを扱う「港屋絵草子店」を開店した。
ここは夢二を慕う若き画家たちが集い、時には彼らの作品を発表する文化的な交流の場ともなった。
大きな瞳に憂愁を湛えた「夢二式美人」は、当時の女性たちの憧憬の的となり、婦人雑誌などのデザイン領域において絶大な人気を博した。
その装いや表情には、近代化の波の中で揺れる女性たちの夢や時代の空気が鮮やかに投影されている。
また、夢二は海外の美術雑誌を通じてキュビスムや未来派といった最新動向を敏感に察知する一方で、日本の伝統との融合も模索した。
浮世絵への関心も深く、伝統的な意匠や江戸情緒を感じさせるモチーフが随所に散りばめられている。
夢二の持つ抒情性と前衛性は、次世代の表現者たちへ多大な影響を及ぼしていった。
消費社会の到来とともに、デザインが人々の暮らしの隅々にまで根付いていった時代を、彼はその独特な感性で鮮やかに彩ったのである。


画家たちが自由な魂で描いた、かつての熱き大衆デザイン「大正イマジュリィ」。
ANTE Collectibles は、この図像の魅力が溢れる世界を生涯かけて泳ぎ続けた、一人の男のコレクションから成り立っています。
かつて誰かのポケットの中にあり、家庭のテーブルに置かれ、日常の風景の一部として消費されていた、愛おしい印刷物や版画の数々。一人の男が愛し、激動の時代の中で守り抜いた、そんな「日常のデザイン」の数々が、私たちの手元に受け継がれています。
私たちが受け継いだその続きの景色、そして背後に広がるさらにディープな資料は、オンラインサイトにて順次公開しています。
図像の沼へようこそ。その続きは、また次のページでお会いしましょう。
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【編集後記】
オンラインサイトに広がるデジタルな世界を飛び出し、これらのコレクションをリアルな空間へと昇華させたのが、各美術館・博物館でいまも行われている展覧会だ。蒐集家自らが監修を務めるその空間では、展示場所の持つ独自の空気感と、100年前の図像たちが織りなす不思議な化学反応を体感することができる。 会場に一歩足を踏み入れれば、まるで自分が生きたことのないはずの大正時代へとタイムスリップしたかのような、穏やかで濃密な時間が流れている。かつての人々の暮らしを彩ったデザインの数々は、現代の空間に並ぶことで、今を生きる私たちの目により新しく、そして温かく映るはずだ。 画面越しでは伝わりきらない、この美しい時代の生きた空気。手のひらの上のデザインに潜む凄まじい熱量を、ぜひその目で確かめてみてほしい。
大正イマジュリィの世界 2026年7月3日(金)-2026年8月30日(日) 10:00‐17:00(最終入館 16:30) 会場: 八王子市夢美術館(展示詳細はこちらから)
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偏愛BOOK・セレクション
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